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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)14477号 判決

原告

M

右訴訟代理人弁護士

濱秀和

宇佐見方宏

大塚尚宏

有賀正明

佐藤雅美

永山忠彦

山岡義明

金丸精孝

被告

社団法人共同通信社

右代表者理事

酒井新二

被告

株式会社北海道新聞社

右代表者代表取締役

渡辺喜久雄

被告

株式会社東奥日報社

右代表者代表取締役

松岡孝一

被告

株式会社岩手日報社

右代表者代表取締役

久慈吉野右衛門

被告

株式会社秋田魁新報社

右代表者代表取締役

鈴木哲郎

被告

株式会社山形新聞社

右代表者代表取締役

村山義平

被告

株式会社河北新報社

右代表者代表取締役

佐藤剛彦

被告

福島民友新聞株式会社

右代表者代表取締役

和久幸男

被告

株式会社福島民報社

右代表者代表取締役

小針暦二

被告

茨城新聞株式会社

右代表者代表取締役

後藤武一郎

被告

株式会社下野新聞社

右代表者代表取締役

江口宏

被告

株式会社上毛新聞社

右代表者代表取締役

佐鳥俊一

被告

株式会社東京タイムズ

右代表者代表取締役

徳間康快

被告

株式会社神奈川新聞社

右代表者代表取締役

桶本正夫

被告

株式会社山梨日日新聞社

右代表代表者取締役

野口かよ

被告

株式会社新潟日報社

右代表者代表取締役

平山敏雄

被告

信濃毎日新聞株式会社

右代表者代表取締役

小坂健介

被告

株式会社静岡新聞社

右代表者代表取締役

大石益光

被告

株式会社北日本新聞社

右代表者代表取締役

深山栄

被告

株式会社北国新聞社

右代表者代表取締役

岡田尚壮

被告

株式会社岐阜新聞社

右代表者代表取締役

杉山幹夫

被告

株式会社京都新聞社

右代表者代表取締役

坂上守男

被告

株式会社神戸新聞社

右代表者代表取締役

荒川克郎

被告

株式会社山陰中央新報社

右代表者代表取締役

又賀清一

被告

株式会社山陽新聞社

右代表者代表取締役

松岡良明

被告

株式会社中国新聞社

右代表者代表取締役

山本朗

被告

株式会社四國新聞社

右代表者代表取締役

佐藤一男

被告

社団法人徳島新聞社

右代表者理事

井端好美

被告

株式会社愛媛新聞社

右代表者代表取締役

松下功

被告

株式会社高知新聞社

右代表者代表取締役

中島暁

被告

株式会社西日本新聞社

右代表者代表取締役

青木秀

被告

有限会社大分合同新聞社

右代表者代表取締役

長野健

被告

株式会社宮崎日日新聞社

右代表者代表取締役

若曽根方志

被告

株式会社長崎新聞社

右代表者代表取締役

松園尚巳

被告

株式会社熊本日日新聞社

右代表者代表取締役

永野光哉

被告

株式会社南日本新聞社

右代表者代表取締役

日高旺

被告

株式会社沖縄タイムス

右代表者代表取締役

比嘉敬

右被告ら訴訟代理人弁護士

太田常雄

野本俊輔

右被告ら訴訟復代理人弁護士

牧義行

村上愛三

岩崎章

緒方孝則

河野憲肚

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一被告らは、原告に対し、それぞれ、別紙謝罪広告目録記載のとおりの各謝罪広告を別紙掲載新聞目録記載の各新聞紙上に一回掲載せよ。

二被告社団法人共同通信社は、原告に対し、金一五〇〇万円及び内金一〇〇〇万円につき昭和六三年八月九日から、内金五〇〇万円につき昭和六三年一一月二日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一原告は、日本社会党に属し二五年の議員歴を有する衆議院議員である。

被告社団法人共同通信社は、内外のニュースを取材編集し、これを加盟新聞社等に通報することを事業内容とし、その余の被告らは、いずれも日刊新聞紙の発行を事業内容とし被告共同通信社に加盟しているものである。

右被告らは、被告共同通信社から原告に関する次の(一)ないし(五)の各記事(以下「本件各記事」という。)の配信を受け、昭和六三年八月六日及び九日、それぞれその発行する新聞紙上に、見出しを付けた上、別紙掲載新聞目録記載のとおり、その全部又は一部を掲載し、頒布した。

(一)  「M氏(社党)が一二〇〇万円受領」「明電工事件関係者証言『カロリナ』の売却益」「中瀬古から購入代金払わず」等の見出しの下に別紙記事目録(一)記載の記事(以下「記事一」という。)

(二)  「明電工事件中瀬古を追起訴」「『政官界工作』立件できず」「脱税二一億円を超す」「株取引で史上三位検察の捜査終了」等の見出しの下に別紙記事目録(二)記載の記事(以下「記事二」という。)

(三)  「『職務権限』が壁に」「検察政治献金の主張崩せず」「明電工事件捜査終了」等の見出しの下に別紙記事目録(三)記載の記事(以下「記事三」という。)

(四)  「疑惑の金脈雲散霧消」「明電工事件捜査終了」「汚職の摘発出来ず」「とぼけ通す政治家、元官僚」等の見出しの下に別紙記事目録(四)及び(五)記載の記事(以下それぞれ「記事四」「記事五」という。)

本件は、原告が右各見出し及び記事により名誉を毀損されたとして、不法行為に基づき謝罪広告及び損害賠償を求めるものである。

なお、右の事実は、次の各事実を各掲記の証拠(書証の符号と番号のみによって示す。以下同じ。)によって認定するほか、当事者間に争いがない。

北海道新聞、岩手日報、河北新報、宮崎日日新聞、南日本新聞の各紙面上に記事五が掲載されたことにつき〈書証番号略〉、

いはらき及び沖縄タイムスの各紙面上に記事一が掲載されたことにつき〈書証番号略〉、山形新聞紙面上に記事三が掲載されたことにつき〈書証番号略〉、

中国新聞紙面上に記事一、二、四及び五が掲載されたことにつき〈書証番号略〉、

二本件各記事の内容に関する争いのない事実は、次のとおりである(なお、証拠によって認定した事実については、その直後に当該証拠を掲記した。)。

1  中瀬古功は、昭和六〇、六一年当時(本件各記事に掲載された事件当時)株式会社明電工(以下「明電工」という。)の取締役相談役であり、同社の実質的な経営者としてその経営権を掌握していた。

同人は、約二一億円の所得税を逋脱した事実(この事件及びこれに関する一連の事件を以下「明電工事件」という。)につき、所得税法違反被告事件(昭和六三年七月一九日起訴、同年八月八日追起訴)により、平成元年五月九日東京地方裁判所において懲役三年罰金四億円の判決を受け、現在服役中である。

2  井上榮男(以下「井上」という。)は、原告とは二十数年来の付合いがあり、政治献金等により原告を支援する者である。

また井上は、昭和六〇年二、三月ころ(証人井上榮男の証言)その経営するペンションに明電工の開発した節電装置の設置を依頼したことをきっかけとして中瀬古と知り合い、同年四月には明電工の子会社である株式会社石田省エネルギー研究所と販売代理店契約を結んだ〈書証番号略〉。

3  原告は昭和六〇年九月二日、井上の紹介により、議員会館内の原告の事務所において中瀬古と初めて対面し、同年一〇月半ばころ、中瀬古に対し原告の秘書である中村光子及びその友人の西村幸子(原告本人尋問の結果)の氏名及び住所を教えた。

中瀬古は同月一七日、証券会社(丸金証券)の外務員である久保田進(以下「久保田」という。)を介して、原告から聞き出した中村光子及び西村幸子の名義により、株式会社カロリナの株式(以下「カロリナ株」という。)を一株三八九円で各名義人につき三万株合計六万株購入した。

4  昭和六一年六月三日、中瀬古の使いの女性が、議員会館内の原告の事務所に紙袋に入った現金一二〇〇万円を届けた。

三当事者の主張の要点は、次のとおりである。

1  原告の主張

(一) 本件各記事による名誉毀損

(1) 記事一は、その見出しとともに、原告が世間を騒がせた明電工事件の中瀬古と深く関わり合いを持ち、明電工の開発した省エネルギー装置について国会質問をしたY議員(以下「Y議員」という。)を中瀬古に紹介して、中瀬古のY議員への現金の交付を仲介する一方、昭和六一年当時中瀬古が仕手取引をしていたカロリナ株の売買を原告の出捐なしにその秘書名義で行うよう中瀬古に指示し、多額の売却益を得た、すなわち、「ぬれ手にアワ」の不正な利益を得ていたという印象を読者に与えるものである。

(2) 記事二は、その見出しとともに、その記事が掲載された当時、中瀬古の脱税に絡んで、同人の政治家への献金疑惑や「株と政治家」の関係が問題とされており、原告も、一二〇〇万円を受領しただけでなく収賄等の嫌疑が濃厚であるが、職務権限等の問題があり、とぼけとおして摘発を逃れたという印象を読者に与えるものである。

(3) 記事三は、その見出しとともに原告は中瀬古という「金のなる木」に群がった政治家の一人であるが、中瀬古から受領した金銭については原告に職務権限がないので収賄にはならず、多額の現金を受け取りながら刑事責任を免れたという印象を読者に与えるものである。

(4) 記事四及び五は、それぞれその見出しとともに、多数の関係者を挙げた上、「国会質問疑惑」「官僚OB献金」「もみ消し工作」「株情報リーク」などの事実を記載し、これにより、原告は収賄の疑いが濃いが摘発を逃れたとの印象を読者に与えるものである。

(5) このように、本件各記事とその見出しは、原告が脱税及び献金疑惑で名を馳せた中瀬古と深い関わりがあること、原告が株取引の代金を支払わず、秘書名義でカロリナ株を購入し、かつ値上がりした右株式の売却を指示し、その売却益としていわばぬれ手に粟の一二〇〇万円を中瀬古から受領したこと、原告は中瀬古から多額の現金を受領したが、職務権限がないことから収賄にはならず刑事責任を免れたことを主旨とするものであり、原告の行為の犯罪性を指摘し、清廉性を必要とする政治家としての原告の倫理性を強く非難するものであるから、原告の社会的評価を低下させるものである。

(二) 被告共同通信社は、本件について十分な取材をせず、本件各記事の内容が虚偽であるにもかかわらず、これを加盟新聞社に配信し、その余の被告らは、この配信に基づいて本件各記事を新聞紙上に掲載し、頒布したのであるから、被告らは、故意又は過失により、本件各記事によって原告の名誉及び信用を毀損したものである。

(三) 真実性の証明の対象

原告が株取引の代金を支払わず、秘書名義でカロリナ株を購入し、かつ値上がりした右株式の売却を指示し、その売却益としていわばぬれ手に粟の一二〇〇万円を中瀬古から受領したこと、及び、原告は中瀬古から多額の現金を受領したものであり、収賄にならず刑事責任を免れたのは、職務権限がなかったからに過ぎないことが、違法性阻却事由として真実性の証明を要する事実である。

(四) 本件各記事に掲載された事件の真相

(1) 昭和六〇年一〇月半ばころ、議員会館内の原告の事務所を訪れた中瀬古に対し、原告が、その秘書の氏名及び住所を教えたのは、井上から株取引のための名義貸しを依頼されていたからである。

原告が中瀬古に対してカロリナ株の購入を依頼した事実はない。

(2) 中瀬古の使いの女性が昭和六一年六月三日、議員会館内の原告の事務所に紙袋に入った現金一二〇〇万円を届けに来た時、原告は、土産物の焼物か何かと思っていったんはこれを受領したが、その女性が立ち去った後、紙袋内の紙包みに触れて多額の現金であると気がつき、同日中に、井上に対し、このような多額の現金は受け取れないと連絡し、井上が直ちに中瀬古に原告の意思を伝えたところ、中瀬古は、井上に対して未清算の債務を負担していたこともあってか、右現金の処分は井上に一任すると答えた。そこで井上は、折り返し原告に対し、自分が預かることになったので後日引き取りに行くと連絡してきた。

井上は、同年七月一七日ころ議員会館内の原告の事務所で右現金を受領し、自宅で保管していたが、同年一一月ころ中瀬古から返還を依頼され、右現金を貸し付けることとし、同月二〇日現金一二〇〇万円を明電工の本社に届けた。その後、井上は、右貸金の弁済に代えてカロリナ株の旧株三万株を受領した。

2  被告らの主張

(真実性の証明)

(一) 新聞記事における真実性の証明は、新聞による報道の迅速性の要求と客観的真実の把握の困難性とを考慮すると、記事に掲載された事実のすべてにつき細大もらさず真実であることまでの証明を要するものではなく、その主要な部分において真実であることの証明がされれば足りると解すべきである。

(二) 本件各記事の主要な部分とは、原告が中瀬古にカロリナ株の購入を依頼したこと、原告がカロリナ株の売却を指示して中瀬古から売却益一二〇〇万円を受領したこと、その際、原告がカロリナ株の購入代金を中瀬古に立て替えさせ、元手をかけずに、すなわちぬれ手に粟で、現金一二〇〇万円を手に入れたことであり、本件各記事及び見出しは、この主要部分において真実である。

四ところで、仮に本件各記事及び見出しが原告の名誉を毀損するものであるとしても、民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決、民集二〇巻五号一一一八頁)。

原告が衆議院議員であったことからすれば、本件各記事の内容は公共の利害に関することが明らかであり、被告共同通信社が本件各記事を配信した行為及びその余の被告らがこれを新聞に掲載頒布した行為は、他に特段の事情の主張立証のない本件では、報道機関としての使命から、専ら政治倫理を問うという公益を図る目的に出たものにほかならないというべきである。

そこで、本件の争点は次のとおりである。

1  本件各記事及びその見出しが原告の名誉を毀損するものか否か。

2  本件各記事及びその見出しによって摘示された事実が真実か否か。

(一) 証明を要する事実の範囲。

(二) 原告がその秘書らの氏名、住所の記載されたメモを中瀬古に交付した趣旨、中瀬古から原告に対する一二〇〇万円の交付の趣旨及び原告による右金員受領の有無。

第三争点に対する当裁判所の判断

一本件各記事及び見出しが原告の名誉を毀損するものか否かについて

1  記事一は、その見出しとともに、原告がY議員に対し後に所得税法違反容疑で再逮捕された中瀬古を紹介したこと、及び中瀬古からのカロリナ株急騰の情報をもとに株取引を行ったが、その際購入代金を中瀬古に立て替えさせて元手をかけずに売却益一二〇〇万円を受領していたことを内容とするもので、一般読者に対し、原告が所得税法違反で世間を騒がせた中瀬古と面識があるばかりか、同人から株取引の内部情報を得て多額の現金を受け取ったという印象を与えるものである。清廉潔白を期待される原告の衆議院議員たる職務と地位に鑑みると、このような記事は原告に対する社会的評価を低下させるものと認められる。(〈書証番号略〉)

しかしながら、同記事は、具体的に摘示された事実の内容を超えて、原告と中瀬古に深い関わり合いがあるとか、原告に収賄の嫌疑が濃厚であることを示唆するものではないと解するのが相当である。

2  記事二は、その見出しとともに、中瀬古が原告に対し株取引に絡んで一二〇〇万円を贈ったことを内容とするもので、一般読者に対し、原告が、高額の所得税法違反で世間を騒がせた中瀬古から一二〇〇万円もの大金を贈られていたという印象を与えるものである。原告の前記職務と地位に鑑みると、このような記事は原告に対する社会的評価を低下させるものと認められる(〈書証番号略〉)。

しかしながら、同記事は、具体的に摘示された事実の内容を超えて、原告に収賄等の嫌疑が濃厚であることまで示唆するものではないと解するのが相当である。

また、「『政官界工作』立件できず」との見出しは、中瀬古から元官僚や政治家たちへの不透明な金の流れのあったことを示唆し、これに対する強い非難を表現したものではあるが、収賄の嫌疑が濃厚であるとして、その犯罪性を印象づけているとまでは認められない。

3  記事三は、その見出しとともに、原告が中瀬古という「金のなる木」に群がった政治家の一人であることを示唆し、原告が中瀬古から多額の現金を受け取りながら原告には職務権限がないため刑事責任を問われなかったことを内容とするものであり、先の認定と同様、原告の職務と地位に鑑み、このような記事は、原告の社会的評価を低下させるものであるといえる(〈書証番号略〉)。

そして、同記事中の「職務権限などの点で立件は困難。」「政治家が口利き料として多額の現金を受け取りながら、『職務権限の壁』などに阻まれて刑事責任を免れるという割り切れなさだけが残った。」との表現は、国民全体の代表者たるべき国会議員が一個人から多額の現金を受領しても刑事責任が成立しないことに対する一般大衆の割り切れない感情を代弁した強い表現であるが、同記事の中で具体的に摘示された事実を超えて、収賄の嫌疑が濃厚であるとか、当該行為の犯罪性を示唆したものであるとまでは認められない。

4  記事四は、明電工元相談役の中瀬古から原告への株売買益として一二〇〇万円が渡ったことを図示するものであり、記事五は、その見出しとともに、政官界汚職については何ら立件されないまま明電工事件の捜査が終了したことについて、多数の関係者の名前を掲載した上、批判的に報道した記事であり、先に認定した見出しの「疑惑の金脈」、「とぼけ通す政治家」や同記事中の「リクルート疑惑と同様」等の表現は、かなり煽情的な表現ではあるが、政治倫理上の強い非難を表現したものであるにとどまり、一般読者に対し、本来刑事責任があるのにこれを逃れたとか、犯罪の嫌疑が濃厚であるということまでを示唆するものとは認められない。

しかし、右各記事は、原告が、明電工事件を引き起こした中瀬古に対しカロリナ株の購入を依頼し、その際株購入代金を支払わずに一二〇〇万円の売却益を得たという事実を摘示するもので、前認定と同様、原告の職務と地位に鑑み、このような記事は原告に対する社会的評価を低下させるものであるというべきである(〈書証番号略〉)。

5  以上のとおり、本件各記事は、原告が、明電工事件を引き起こした中瀬古からカロリナ株に関する内部情報を得て、同株の購入代金を中瀬古に立て替えさせ元手をかけずに一二〇〇万円の売却益を受領していたという事実、ないし明電工事件を引き起こした中瀬古から一二〇〇万円を受領していたという事実の摘示により、原告の名誉を毀損する内容であると認められる。

二摘示された事実が真実か否かについて

1  以上に認定のとおり、本件記事一及び五は、原告が、明電工事件を引き起こした中瀬古を介しカロリナ株の売買をし、その際同人に購入代金を立て替えさせ、元手をかけずに一二〇〇万円の売却益を受領したという具体的事実、本件記事二及び三は、原告が、明電工事件を引き起こした中瀬古から一二〇〇万円を受領したという具体的事実、本件記事四は、右一二〇〇万円が株売買益であるとの具体的事実を、それぞれ摘示して、原告の名誉を毀損したものであるから、真実性の証明もこの点についてされれば足りる。

そして、前記争いのない事実を前提とすると、原告がその秘書らの氏名、住所を記載したメモを中瀬古に交付した趣旨が何であるか、中瀬古が一二〇〇万円を原告に交付した趣旨が何であるか、また、原告が一二〇〇万円を受領したか否かが明らかにされることにより、摘示された事実が真実か否かが決せられることとなる。

2  争いのない事実及び証拠(〈書証番号略〉、証人井上榮男、同中瀬古功、同石田篤、原告本人)によると、次の事実が認められる。

(一) 井上は、中瀬古から、明電工の営業に対する保安協会あるいは電力会社からの圧力を緩和するため明電工を二部上場会社と業務提携させる計画のあることを聞いていたが、昭和六〇年九月初めころ、同人から、右業務提携の話が具体化し第三者割当増資を行うことになったので、この機会に一億五〇〇〇万円程度拠出して儲けないか、との誘いを受けた。中瀬古は、その前年、吉田工務店の第三者割当増資を引き受けて大量の株式を取得し、資本参加の発表等で株価が急騰することを見計らってその一部を売却し多額の売却益を獲得した経験などから、資本参加に絡む株取引の妙味を熟知していた。井上も、中瀬古から一〇万株以上の吉田工務店の株を譲り受けて三〇〇〇万ないし四〇〇〇万円儲けさせてもらったことがあり、この誘いを受けることにした。

井上は同月二七日、東京都渋谷区幡ケ谷にある明電工の旧本社に現金一億五〇〇〇万円を持参し、石田篤(以下「石田」という。)の立会の下に、これを中瀬古に渡し、領収書代わりに五〇〇〇万円の為替手形三通を受け取った。井上は、この一億五〇〇〇万円の受渡しの時点では、業務提携する二部上場会社がどの会社であるか知らされていなかったが、中瀬古からは増資が円滑に行かなくなるので市場では購入しないようにと頼まれており、また、すぐに分かることでもあったので、強いて尋ねるということもしなかった。井上は、右受渡しから七ないし一〇日ほど経った一〇月初めころには、業務提携の相手会社が株式会社カロリナであることを知っていた。

(二) 原告は昭和六〇年九月二日、議員会館内の原告の事務所において、井上が連れてきた中瀬古と初めて対面した。これは、中瀬古が、井上を通じ、明電工の開発した節電装置に関する国会質問をしたY議員に謝意を表し政治献金名義で現金一〇〇万円を交付するため、同じ社会党議員である原告にその機会の設定を依頼し、原告がこれに応じて設けた席であった。

これを機会に、原告は当時社会党の「エネルギーを考える会」の会長をしていたこともあって、同月二四日ころ、同会事務局長を連れてY議員、井上とともに、幡ケ谷にある明電工の本社を訪れ、節電装置の視察をした。

また原告は、同年一〇月一日ころ中瀬古から証券業協会と日興証券株式会社の役員を紹介してほしいと依頼され、同月四日、同人を連れて証券業協会と日興証券を訪れ、役員に紹介した。

(三) 原告、井上及び中瀬古は、同月一五日には、ともに池貝鉄工所の下請工場の社長会に出席し、中瀬古は、その席上で節電装置の説明会を開いた。これは、原告が、明電工販売代理店主である井上の営業を応援するため、同人に対し池貝鉄工所の下請工場の社長会で節電装置の説明会を行うことを提案したところ、同人には装置の専門的知識がないことから、中瀬古に説明させることになったものである。

その日夕刻に行われた説明会終了後、三人は、銀座にある原告の行き付けの店「筑前」で飲食をした。

(四) ところで、その翌日の一〇月一六日は、明電工とカロリナとの業務提携発表の日であった。

原告は同日、議員会館内の原告事務所を訪ねた中瀬古に対し、原告の秘書中村光子及びその友人西村幸子の氏名及び住所を記載したメモを渡した。

中瀬古は翌一〇月一七日、丸金証券の久保田を介し、中村光子及び西村幸子の名義で、一株三八九円で各名義人につき三万株合計六万株のカロリナ株を購入した。

久保田は、右合計六万株の株券を中瀬古に引き渡し、中村光子名義で三万株、西村幸子名義で三万株の同年一〇月二二日付け受取書を徴しており、丸金証券においては同人らの名義での売却はされていない。

(五) 明電工の事務員遠藤華子は中瀬古の使いで、昭和六一年六月三日、議員会館内の原告の事務所に、紙袋に入った現金一二〇〇万円を届けた。

同日のカロリナ株の価格は、一株七九〇ないし八五〇円であり、前年一〇月一七日の購入価格三八九円と比較して一株当たり四〇一ないし四六一円値上がりしていた(したがって、三万株の売却益は、一二〇三万ないし一三八三万円という計算になり、右一二〇〇万円とほぼ一致する。)。

(六) 国税局は、昭和六一年九月一七日ころ明電工の調査を行い、同年一〇月二日には、中瀬古の株取引について査察を行った。

原告は、井上から、中瀬古に査察が入って代理店としても困っている、何か知恵を貸してほしいと依頼されたので、査察部長に謝罪して本当のことを申告するようにと勧め、同月一六日ころ中瀬古を国税局査察部長のところへ連れていった。

(七) 井上は、同年一一月初めころ、石田から相談したいことがあるので上京願いたいとの依頼を受けて上京し、石田の案内でホテルニュー東京に赴いた。同所には中瀬古と久保田が待っており、井上に対し、中瀬古は原告の秘書らの名義でのカロリナ株の取引は井上の取引ということにしてほしいと依頼し、久保田は原告の秘書らの名義での株式の取引内容を教えた。

(八) 井上は同年一一月二〇日、明電工に現金一二〇〇万円を持参し、同社の営業課長中道能樹に渡した。これと前後して、中瀬古は井上に対しカロリナ旧株三万株を引き渡した。

3  証人中瀬古功は、この間の事実経過につきおおむね次のように供述している。

(一) 中瀬古は、昭和六〇年一〇月の前半ころ、議員会館内の原告の事務所か、あるいは自動車の中で、原告本人あるいは原告の秘書から、中村光子及び西村幸子の氏名、住所、電話番号の書かれた縦一〇センチメートル横六センチメートルくらいのメモ用紙を受け取った。中瀬古は、原告からその秘書名義でカロリナ株を購入することの依頼を受けており、右メモ用紙を渡された時、カロリナ株を右両名の名義で各名義人につき三万株合計六万株買うという趣旨であると了解した。各三万株ずつ購入することについては、予め原告及び井上との打合せで決まっていた。

そこで、中瀬古は同月中旬前ころ、丸金証券の久保田に、カロリナと明電工の業務提携の発表後直ちに中村光子と西村幸子の名義でカロリナ株を購入するように依頼した。その株の購入代金は中瀬古が立て替えて支払った。

もっとも、中瀬古は、右株式の取引が誰に属するかについて、原告か、秘書本人か、あるいは井上のいずれかであろうという以上に深く詮索はしなかった。

(二) 昭和六一年七月七日の衆参同日選挙の前の同年五、六月ころ、中瀬古は、原告から電話で、秘書名義の株式の売却益を持参するようにとの依頼を受けた。原告からは一〇〇〇万円くらいの金額の提示があったので、中瀬古は、カロリナ株の当時の時価からすると三万株の売却益が一二〇〇万円くらいに相当することに鑑み、明電工の事務員遠藤華子に命じて、同日、同額の現金を原告の議員会館内事務所に届けさせた。原告は同日、中瀬古に対し直接電話により、右現金を受け取ったと伝えた。

(三) 残りの三万株については、同年一一月ころ井上から早く渡してほしいとの要請があったので、中瀬古は井上にこれを引き渡した。立て替えていた買付代金一二〇〇万円は、中瀬古の留守中に、井上から明電工の事務所に届けられ、明電工営業課長の中道能樹がこれを受領した。

4  右中瀬古の供述は、原告がその秘書らの氏名、住所を記載したメモを中瀬古に交付した趣旨、中瀬古が一二〇〇万円を原告に交付した趣旨及び原告が一二〇〇万円を受領した事実を明らかにしており、前記2に認定した事実と合わせると、前記1の証明を要する事実を立証するに足りるものである。しかし、原告本人の供述とは著しく対立しており、右中瀬古の供述が信用できるものかどうかが、本件の争点について重大な意義を有する。

三中瀬古の供述の信用性について

そこで、以下、中瀬古の右供述の信用性について検討することとする。

1  中瀬古の右供述と他の雑誌記事等における発言との比較

証拠(〈書証番号略〉)によると、中瀬古は、平成元年五、六月ころ、雑誌「文芸春秋」に手記を発表し、また雑誌「宝石」のインタビューに回答したほか、同年五月一〇日放映のテレビのニュース番組の中で、原告の求めに応じてカロリナ株式を購入しその売却益を原告に交付した旨の、大筋において本件における前記二3の供述と一致する発言をしていることが認められる。

もっとも、これらを詳細に比較すると、まず株式購入の依頼主体については、「文芸春秋」の記事では井上であり、「宝石」の記事では記載がなく、テレビニュースでは原告及び井上であり、本件における供述では原告であること、また購入株式数について、真実は各名義人につき三万株合計六万株であるが「文芸春秋」の記事では三万株としていること等の食違いが見られる。しかし、中瀬古は、原告の秘書名義の株式の売買は誰の取引かとの質問に対して、原告か、秘書本人か、あるいは井上のいずれかであり、それは先方の範囲の問題であると証言していることから、自己に対する関係では原告と井上とを一体の利益帰属主体であると考えていたことが認められる。また、前記中瀬古供述によると、カロリナ株合計六万株のうち三万株は衆参同日選挙の前に売却益を原告方に届け、残りの三万株は代金と引換えに株券を井上に交付したというのであり、厳密には原告が購入した分は三万株であるとも理解し得る。したがって、右の程度の食違いは中瀬古の供述の一貫性を減殺するほどのものではない。

購入代金の支払方法及び株券交付の有無については、「文芸春秋」の記事では、全額を中瀬古が立て替え、売却して購入代金を控除した差額を原告に渡したとしているが、これは右記事が三万株のみを対象としていることからすれば中瀬古の本件における供述と矛盾するものではない。また、「宝石」では、三万株は現金と引換えに株券を渡し残りは衆参同日選挙の前に売却益として一二〇〇万円を届けたと記載されているが、この表現が、厳密に時間的順序に従って、売却益一二〇〇万円を届ける前に現金と引換えに株券を交付したことを記述したものであるとは断定できないから、中瀬古の本件における供述と必ずしも矛盾するものではない。

さらに、中瀬古の各雑誌及びテレビでの発言並びに本件における供述は、事件のあった昭和六〇年ないし六一年からすると四年から六年の年月を経過しており、しかもその間、中瀬古は大型脱税事件の発覚、裁判、服役といった経験をしていることが認められること等からすると、細部において若干の食違いがあることはやむを得ないものということができ、前記各発言及び供述は、終始一貫したものといってさしつかえない。

2  中瀬古供述の内容の信用性

(一) 原告からの秘書名義による株式購入の依頼及び秘書の氏名等を記載したメモの交付の趣旨について

(1) 中瀬古は、原告からカロリナ株購入の依頼を受けたように理解しているが具体的な状況としては思い浮かばないと供述している。

原告の秘書の氏名、住所を記載したメモの交付については、秘書又は原告のいずれから渡されたか、また場所はどこであったか、いずれについても必ずしも明確な記憶がないことが伺われる。

(2) これに対して、原告本人は、昭和六〇年一〇月一五日の池貝鉄工所での説明会後の「筑前」における夕食の席で、井上から、選挙も近いし金もいるな、といった話の中で、他人名義の株取引は違法ではないから二、三名の名前を貸せたら貸してくれと依頼され、井上は選挙資金を稼ぐために名前を借りようとしているのだと直観的に感じ、また日頃陣中見舞いをしてくれている井上に対しての礼の気持ちもあって簡単に了解したと供述する。

メモの交付については、翌日の同月一六日、中瀬古が名義を借りるために予告なしに議員会館内の原告の事務所を訪れ、原告が自分自身と妻の名前を貸すと言うと、中瀬古は原告の名前でない方がいいと言うので、秘書に頼んで同女とその友人の名前と住所を紙に書いて中瀬古に渡してもらったが、この時も原告は、前日の依頼の経緯や、井上と中瀬古は一心同体と考えていたことなどから、井上の取引について名義を貸したつもりでいたと供述する。

(3) 井上証人は、議員会館において原告に対し、株取引に使うので誰か信用できる口の固い人の名義を貸してくれと中瀬古から頼まれているのだが、誰か紹介してくれないかと依頼したと供述し、メモの交付については、後に原告から、中瀬古が直接原告の議員会館内事務所に名義を借りに来たとの報告を受けたと供述する。

(4) 原告本人及び井上証人の供述は、中瀬古の供述に比べて具体的であるが、原告本人が井上に対する名義貸しを依頼されたというのに対し、その井上は中瀬古に対する名義貸しを依頼したと供述しており、両者の供述は依頼の主体を異にし、また依頼の状況についても全く異なっている。すなわち、井上証人は、原告が名義貸しを依頼されたという「筑前」の夕食の席での話題について、食事をした後カラオケを歌って終わっただけであって、特にこれといった話はしなかったと供述している。

また、秘書の氏名等を記載したメモの交付の状況について、原告の供述には具体性があるが、他人名義の株取引は違法ではないと井上から説明を受けていたにせよ、また井上が原告の旧知の支援者であり信頼していたにせよ、原告にとって同人は若輩(証人井上榮男の証言、原告本人尋問の結果)でもあるし、取引銘柄や数量、取引額等について全く知らされていない同人の取引について、いともたやすく、国会議員である原告及びその妻の名義を貸すと申し出たということ自体、長年国会議員を務め大蔵委員会理事を経験し、経済及び金融を専門とする(原告本人尋問の結果)原告の行動として、疑問を感じざるを得ない。また原告は、井上と中瀬古とは一心同体と考えていたというが、この点も疑問であり、むしろ原告、井上及び中瀬古の三者の関係では、原告及び井上が一体として、中瀬古と向かい合う関係にあったと認めるのが相当である。なぜなら、井上が明電工の販売子会社ともいうべき石田エネルギー研究所の代理店主となり、中瀬古の好意で株取引の利益にあずかり、カロリナとの業務提携に際しては多額の出資をしていたという事実はあるものの、他方、井上は、原告とは二〇年来の付き合いがあるのに対し中瀬古とは知り合って数箇月しか経っていない状況であったことは前に認定のとおりであり、証拠(原告本人)によると、原告は、井上を自分のせがれのような弟のような存在ないし、自分の子分のような男であると思っていたことが認められるところ、中瀬古は、原告と井上とを連合体のように考えていた旨供述しており、石田証人は、井上と中瀬古の間は商売上の信頼関係で結ばれてはいたが特に親しいというふうには思わなかったとも証言しているからである。また、明電工の実質的経営者である中瀬古が、その代理店主である井上の取引のために、井上に代わって名義を借りに来たと考えることも、合理性を欠く。

こうしてみると、原告の具体的供述内容には疑問な点があり、他方、中瀬古の供述はやや抽象的とはいえ、事件発生から証人尋問まで五年近くが経過しており、しかも同人がその間大型脱税事件の被告人として逮捕され裁判を受け服役するという一身上の地位の大変動を経ていることに鑑みると、株式購入の依頼やメモの交付時の具体的状況について明確な記憶のないことはある程度やむを得ないことと解されるのであって、必ずしも、中瀬古供述自体の信用性を減殺させるものとはいえない。

(二) 一二〇〇万円の受渡しについて

(1) この点につき、原告本人は次のとおり供述している。

昭和六一年六月二日の衆議院解散の翌日ころ、中瀬古の使いと称する女性が、議員会館内の原告の事務所を訪れ、中瀬古に頼まれたと言って手提げの紙袋を原告に渡すとすぐに帰っていった。

原告は、焼物か何かと思って紙袋を机の脇に立て掛けておいた。事務所内にいた客人達が帰ってから、中身に触れて見ると、一〇〇〇万円くらいの現金であるとわかったので、陣中見舞いにしては多すぎると思い、すぐに井上に電話をかけ、このような大金は受け取れない、原告は井上に名義を貸したのであって中瀬古に貸したのではない、したがってこのお金は井上のものであるから取りに来てくれ、と伝えた。原告は当時井上に名義を貸したつもりであったことから、この現金が中瀬古のものであるとは思っておらず、井上に対し中瀬古に返してくれとは言わなかった。

(2) 井上証人は、盛岡市内の自宅に原告から電話があったことを認めた上、右電話での会話の内容につき、原告は、中瀬古には気持ちだけもらっておくように伝えてほしい、現金は一回戻す、というようなニュアンスの話をしたと供述する一方、井上に対する恩返しのつもりで名義を借りてやったのだからこの現金は井上君のものだよと言ったとも供述し、また、井上としては、原告の話は現金を持参してくれた中瀬古に対してはその好意は好意として原告が一旦は受け取るということと理解したとも供述している。

そして、井上証人は、原告から右電話連絡を受けて中瀬古に電話をしたところ、同人から、井上に対する未清算の分に充当してもかまわないからその現金の処分は井上に任せると言われたので、原告に対し、とりあえず自分が預かることになったので後日取りに行くと伝えた旨供述する。

(3) しかし、原告本人及び井上証人の各供述については、三点にわたって疑問がある。

第一に、一二〇〇万円もの大金を受け渡すのに、何の予告もなく事務員を使わし、それがどのような性質のお金であるかも明らかにしなかったということ、そのように趣旨のあいまいな多額の現金を原告に渡しておきながら、受領の確認をしてもらうこともなく右事務員がすぐに立ち去ったということ自体、疑問を感じざるを得ず、まして、以前、中瀬古がY議員に国会質問のお礼として一〇〇万円を渡した時でさえ、両者面会の上、原告を通じて手渡しし後に領収書も書いてもらっていること(原告本人尋問の結果)と比較すると、右経過は合理性を欠いているといわざるを得ない。

第二に、原告が、金額が多すぎると思い井上に連絡したとの点について、原告が井上を介して中瀬古と知り合った点を考慮しても、中瀬古に直接連絡をしなかったというのは不自然である。すなわち、原告は、それまでに井上を介することなく中瀬古の依頼で同人を証券業協会等へ連れて行ったことがあり、また中瀬古は、秘書の氏名、住所を記載したメモを、井上を伴わず直接原告の事務所を訪れて受け取っているのであって、原告は中瀬古と話をするにつき常に井上を介していたとは認められないのである。したがって、井上証人の供述のように原告としては受け取ることができないとの意向を表明したのであれば、原告が贈り主である中瀬古に直接連絡せず、盛岡市にいる井上に連絡したとの点において、疑問を差し挟まざるを得ない。もっとも、この点につき原告本人は、届け主である中瀬古に返すつもりはなかったが井上のためにしたことであるから同人に取りに来るように伝えたと供述するのであるが、これを井上の立場からみると、中瀬古の取引のために、原告からその秘書名義を借りながら、その名義貸しの謝礼をそっくり自己の利益のためだけに手に入れたことになる。しかし、井上が原告にとって子分のような存在であり、政治資金に関して支援者であったことからすると、このようなことはおよそ考えにくいことである。また原告自身は、本件名義貸しの依頼を、井上及び中瀬古が昭和六一年に行われる選挙資金を心配しての申出であるという感じを持ったと供述していること、さらに一二〇〇万円の現金が届けられたのが昭和六一年六月二日の衆議院解散の翌日であることからすると、原告としてはむしろ右現金を自己に対する選挙資金であると理解するのが自然であり、これを直ちに井上のためのものであるとして同人に取りに来るように伝えたというのはいかにも不自然である。いずれにしても、原告の右供述は採用し難いものであり、したがって前示の判断の妨げとなるものではない。

第三に、原告と井上は、電話の中で、右多額の現金の趣旨について、原告が秘書の名義を貸した謝礼であろうと話したとするが、その金額は、経験則に照らし、名義貸しの対価としてはあまりに高額であり、合理性を全く欠いている。

これに対し、中瀬古の供述は、原告から秘書名義の株の売却益として一〇〇〇万円程度を持参するようにと指示があったので、直ちに一二〇〇万円ばかりの現金を用意し、事務員に命じて原告の事務所に届けたところ、原告から受領した旨の電話連絡を受けたというのである。

ところで、中瀬古は、原告の秘書名義の株六万株のうち三万株は後に現金と引換えに井上に交付したと供述しており、一方、当時のカロリナ株の価格が七九〇円から八五〇円くらいであり三万株の売却益が一二〇三万円から一三八三万円くらいとなることは、さきに認定したとおりであり、原告に届けたという一二〇〇万円の現金はおおよそこれに見合うものである。したがって、中瀬古の供述を前提とすると、同人はこの時点における原告の秘書名義のカロリナ株三万株の売却益に相当するものとして一二〇〇万円を原告に届けたという可能性が強い。さらに中瀬古の供述によると、同人は原告の秘書名義で購入した株式の代金を立て替えていたというのであるから、購入者から現実に代金が支払われている場合と異なり、厳密に売却代金と購入代金との差額を売却益として交付する必然性に乏しく、同人としては右株式の運用により生じたとする売却益が相手方の希望する金額に合致し又は相手方の納得するものである限りその金額を交付すれば足りたものと考えられる。したがって中瀬古が原告の指示によりおおよそ三万株の売却益に相当する一二〇〇万円を届けたというのは、自然な対応であったということができる。このようにしてみると、中瀬古の前記供述は事実経過としてはるかに自然である。

(4) もっとも、中瀬古自身は、原告と井上は連合体であり、秘書らの名義のカロリナ株が原告、秘書自身及び井上のうちの誰に帰属し誰がその売却益を得るかは先方の問題であって、自分の関知するところではないと考えていたと供述しているから、中瀬古供述によっても、原告方に届けられた一二〇〇万円が最終的にすべて原告の利益に帰属したことが立証されるわけではない。

しかし、いったん中瀬古から原告の手に渡った現金のうち、更に井上に渡ったものがあったとしても、井上が原告の支援者であり原告にとっては子分のような存在であったこと等からすれば、とにもかくにも原告が右現金を受領したとみられてもやむを得ないというべきである。

なお、原告本人及び井上証人の各供述に照らし、右現金が秘書ら自身に帰属した可能性はないと認められる。

(三) カロリナ株の売却時期について

中瀬古の供述は、原告の秘書名義のカロリナ株の現実の売却時期については、非常にあいまいである。

しかし、中瀬古供述に則つて考えると、中瀬古と原告との間では、中瀬古が購入代金をすべて立て替えているというのであるから、前述のように、中瀬古としては秘書名義のカロリナ株を運用して原告の求めに応じその納得する金額を売却益として交付すれば足りたものであり、現実にいついくらで売却したかについては原告の関与するところではないとも考えられること、また証拠(〈書証番号略〉)によると、同人は当時多数のカロリナ株を多数の他人名義の口座を使用して取引しており、これについては証券会社の外務員等多数の者が関与していたことが認められること、事件から五年も経過した後に特定のカロリナ株の売却日を正確に記憶していることは必ずしも期待できるものではないことなどを考え合わせると、この点のみをもって同人の供述の信用性を否定することは適当でない。

(四) ホテルニュー東京での打合せについて

中瀬古は、この点に関し、久保田が青い顔をして飛んで来て、原告の秘書らの名義の株式に興味を持っているからどうしたらいいだろうと言うので相談したと供述するが、右供述の内容はあいまいであって理解し難く、信用することができない。

しかし、中瀬古が井上の取引にしてほしいと依頼した目的については、国会議員である原告の取引であることになると大変な事態となりかねないことから、ことの処理を井上に押しつけたものとも考えられるのであって、中瀬古の脱税の証拠湮滅工作であるとは限らないから、この点を取り上げて原告の秘書らの名義の株式が中瀬古に帰属すると認定することはできない。

また、当時国税局による明電工に対する調査及び中瀬古に対する査察が開始されていたことは、さきに認定したとおりであり、石田証人は、右ホテルニュー東京での打合せは、中瀬古の株の取引による利益に関する修正申告のため個々の取引につき株の帰属を整理する一環であったと思うと供述するのであるが、同証人の証言によると、同人は中瀬古と井上との間の紛糾に巻き込まれないようにことさら右打合せに参加することを避けていたことが認められるから、同人はその真相を知る立場になかったというほかない。また、同証人は、原告の秘書らの名義の六万株は最終的には中瀬古ら明電工関係者の取引であるとして修正申告をしたと供述しているが、一方で、結局帰属の分からないものは申告の対象に組み入れざるを得ないとも供述しているのであって、原告、中瀬古及び井上の間で右株取引についてどのような合意がされていたかについては何も知らなかったものと認められる。

かえって、証拠(〈書証番号略〉)によると、前記のとおり、中瀬古は、株取引に他人名義を使用したことによる所得税の逋脱により起訴され、実刑判決を受けたが、原告の秘書らの名義のカロリナ株六万株に関しては起訴されていないことが認められる(もっとも、起訴便宜主義からすれば、このことをもって右株取引が中瀬古に帰属することを否定する根拠とすることはできない。)。

(五) 井上から中道に対する一二〇〇万円の受渡しについて

(1) 井上証人は、次のように供述する。

同人は、昭和六一年七月七日の衆参同日選挙後間もなく議員会館内の原告の事務所を訪れ、同年六月三日の電話での話のとおりに、中瀬古の使いの者が持参した一二〇〇万円を受け取りに行った。それは紙袋に入ったまま原告の机の引出しに保管されていた。井上は、それを盛岡市の自宅に持って帰り、金庫代わりに使用しているアタッシュケースの中に袋のまま保管しておいた。

ところが、ホテルニュー東京での打合せの約一週間後、真夜中に、中瀬古から盛岡市の井上の自宅に電話があり、秘書らの名義を借りたことが公になるとマスコミに知られて大騒ぎになるので、井上に一任していた一二〇〇万円を返してくれとの申入れがあった。井上もその趣旨はよく理解したが、同人としては同人の未清算の債権に充当するということで納得していたことから、中瀬古との間で、右金銭を改めて貸すことにしカロリナ株三万株で返済を受けるということで話をつけ、翌日かあるいは少なくとも四日以内には、アタッシュケースに保管していた一二〇〇万円を明電工に持参して同社の中道に渡した。

右供述によると、中瀬古は、原告の秘書らの名義を借りたことが公となり大騒ぎになることを回避するために井上に対し一二〇〇万円の返還を求めたものとみられるが、その趣旨は必ずしも明らかでなく、理解し難いものといわなければならない。

なお、証拠(証人石田、同井上)によると、中瀬古は、昭和六一年九月一七日ころに明電工が国税局の調査を受けてから人に会いたがらなくなり、井上との連絡を取るにも石田が間に入るようになったこと、同年一一月初めのホテルニュー東京での話合いの際にも、石田を介して井上を呼び寄せたことが認められる。この点からすると、中瀬古が井上に対し、処分を一任した一二〇〇万円の現金を盛岡から東京まで持参してほしいという、とりわけ持ち掛けにくい話を真夜中に直接電話により依頼したということは、当時の中瀬古の行動として不自然であるといわなければならない。

(2) 井上証人はさらに、一二〇〇万円を中瀬古に言われるままには返還せずに見返りを要求したのは当然であると供述し、その理由として、自分は中瀬古との間に一億五〇〇〇万円分のカロリナ株を取得する約束ができていたのに、再三再四、中瀬古にうそをつかれ、同人に対して信頼を失っている状態であったところ、そのような時に、一二〇〇万円の処分を一任しておきながら今度はそれを返せという催促があったからである、と供述している。

ところで、同証人の供述によれば、同人は、昭和六〇年九月二七日に中瀬古に対しカロリナの新株を引き受ける約束で一億五〇〇〇万円を支払ったところ、同年一一月、明電工の代理店と従業員の慰安旅行の際、株券は半分で残り半分は現金で返すという話になりこれを了解した、しかし、昭和六一年新春には、中瀬古から、明電工とカロリナの業務提携の仲介人が当時世間を騒がせていた撚糸工連の小田清孝であったため、新株発行に際し、大阪証券取引所から二年間は株売買をしないという条件を付けられていたので二年間は株の引渡しができないとの説明を受け、やむを得ず了解した、そして右説明の直後に、二年間株の引渡しができないことによる金利負担分として中瀬古から十数万株のカロリナ旧株を受け取り、昭和六二年六月の増資の際には、一株一〇〇〇円で三億円分の新株を引き受けて受け取った。ところが、最初の新株発行の二年後である同年一一月二日が経過しても約束の新株を渡してもらえなかったことから、中瀬古を告訴することまで考えるようになったというのである。これらの経過からすると、井上が原告に対する信頼を失ったのは、最初に引き受けた新株の引渡日である昭和六二年一一月二日の経過後であると考えられるのであって、井上証人が昭和六一年一一月の時点において中瀬古に対して信頼を失っていたため見返りを要求して一二〇〇万円を貸付けたとする前記供述には納得のいかないものがある。

3  まとめ

以上に述べたところによれば、中瀬古の供述は、やや抽象的ではあるが、前記争いのない事実と認定事実及び経験則に照らして、矛盾や不合理な点はないといってよい。

すなわち、前記認定のとおり、井上は政治献金等により原告を支援する者であり、原告にとっては弟あるいは子分のような存在であること、原告は、井上を通じて中瀬古と知り合ってから、明電工本社を視察したり、同人を証券業協会等の役員に会わせるといった便宜を図ってやっていること、中瀬古は、当時、それまでの経験で資本参加に絡む株取引により多額の利益を獲得できることを熟知しており、井上に対しても吉田工務店の株を分け与えるなどの便宜を図ったことがあること、井上、中瀬古及び原告の三人が会食をした昭和六〇年一〇月一五日はその翌日が明電工とカロリナとの業務提携発表の日であり、中瀬古は勿論のこと、井上自身も、明電工とカロリナとの業務提携があることを知っており、これに関して多額の出資をしその利益にあずかることを期待していたこと、原告が中瀬古に対し秘書らの氏名、住所を記載したメモを渡したのが、業務提携発表のあった同月一六日で、中瀬古がその名義でカロリナ株を各名義人につき三万株合計六万株購入したのがその翌日の同月一七日であること、翌年の六月三日、中瀬古から原告に対し当時の時価を基準とするとカロリナ株三万株にほぼ相当する金額である一二〇〇万円が原告方事務所に届けられたこと、また、中瀬古が井上からカロリナ株三万株の購入価格に相当する一二〇〇万円を受領するのと前後して、中瀬古から井上に対しカロリナ株三万株が交付されたことが認められるのであって、右事実経過の流れ、当時の井上、中瀬古及び原告のそれぞれの立場を総合すると、中瀬古が、カロリナの第三者割当増資の機会に、世話になっている原告にも利益を得てもらおうと画策したとの推定が合理的である。そして、国会議員がその秘書の名義を他人に貸すというようなことは軽々にされるべきものではないことをも考慮すると、原告本人及び井上証人の供述よりも、中瀬古の供述の方がはるかに自然かつ合理的であり、信用することができるる。

4  中瀬古供述の中に虚偽の見られる点

もっとも証拠(〈書証番号略〉)によると、中瀬古は、明電工とカロリナとの業務提携発表前の昭和六〇年七月ころから、仮名口座を使って多数のカロリナ株を買い付けていたことが認められるところ、中瀬古は、証人尋問ではこれを否定するような虚偽の供述をし、また秘書名義のカロリナ株は久保田に預けたままであったとか、前記ホテルニュー東京での打合せについても久保田が心配して飛んで来たから打合せをした等、部分的に客観的事実に反する虚偽の供述をしていることが窺われる。

このことは、中瀬古供述自体の信用性を減殺させる事由ではあるが、これらの虚偽の供述は、自己の脱税事件の情状や井上に対する対応にも影響することがらについて責任回避的にされているものと思われるのであり、本件各記事に掲載された事実に関する同人の供述についてはさきに詳細に検討したとおりであって、中瀬古が部分的に右責任回避的な虚偽の供述をしていることは、その他の客観的事実、争いのない事実をも総合した前記3の判断を覆すには足りない。

5  井上に対する復讐劇論

原告は、中瀬古が井上から罵倒されたことを恨みに思い、同人に対し復讐するために同人と旧知の仲である原告を陥れるべく虚偽の供述をしていると主張するので、この点について判断する。

証拠(〈書証番号略〉、証人井上、同中瀬古)によると、中瀬古は、昭和六一年一一月二日のカロリナ新株発行に際し、井上に一億五〇〇〇万円を拠出させておきながら、新株を引き渡すこともないまま経過し、その間、脱税で査察を受け国税局から差押えを受けたこと等から、清算の見込みも立たないことになり、同人に対し莫大な損害を与えたこと、同人が代理店契約をした際に預けた保証金三〇〇〇万円についても返還できないままでいること、井上は、中瀬古に騙されたとして詐欺罪で告訴することも考え、また中瀬古を呼びつけ激しく罵倒したこと、中瀬古は同人に対し土下座をして謝罪したこと等が認められる。しかしながら、中瀬古が井上に激しく罵倒されたことは、そもそも中瀬古自身に非のあることであって、証拠(〈書証番号略〉、証人中瀬古)によると、中瀬古自身もそのことを自覚し謝罪していることが認められるから、中瀬古が井上から罵倒されたからといって、同人に復讐するためことさら虚偽の供述により原告を陥れるということは、不自然であり、この点に関する原告の主張は採用することができない。

四以上の事実関係と中瀬古の供述とを総合すると、原告が、昭和六〇年一〇月半ばころ、中瀬古に対しカロリナ株の購入を依頼し、同月一六日、原告の秘書らの氏名、住所を記載したメモを中瀬古に交付したこと、中瀬古は翌日、原告の秘書らの名義でカロリナ株を各名義人につき三万株合計六万株購入したが、その購入代金は中瀬古が立て替えたこと、同人は昭和六一年六月三日、原告の指示により、秘書名義の株取引の売却益として一二〇〇万円を原告のもとに届けたが、右金額は秘書らの名義の株六万株のうち三万株の売却益に相当すること、残りの三万株については購入価格一二〇〇万円と引換えに井上に対し現物を引き渡したことを認めることができるから、真実性の証明の対象となるべき事実(前記二1に記載)について、その証明があったというべきである。

原告の受領した一二〇〇万円が最終的にすべて原告の利益に帰属したかは、必ずしも明らかにされていないが、原告がこれを中瀬古から受領したことに変わりはないから、主要部分について証明はあったとみるのが相当である。

もっとも、後者の場合、「ぬれ手にアワ」の表現は、原告の得た実質について隠当を欠くきらいがあるが、これについて、別個に損害賠償責任を認めるほどのものではない。

以上のとおりであって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官村上正敏 裁判官前田英子)

別紙記事目録(一)

「明電工事件で明電工元相談役中瀬古功(五一)=所得税法違反容疑で再逮捕=を社会党のY前代議士(五四)=愛知六区=に紹介した同党元副委員長のM代議士(六三)=栃木二区=が六十一年五月ごろ、株取引に絡んで中瀬古から現金千二百万円を受け取っていたことが五日、関係者の証言で分かった。

この金は疑惑の急騰株といわれた「カロリナ」(本社富山県、東証・大証二部上場)の株の売買を中瀬古に依頼、値上がりした株の売却益を受け取った形になっているが、M代議士はカロリナ株の取得代金を払っておらず、いわば「ぬれ手にアワ」の千二百万円が転がり込んでいた。」

「六十年十一月、中瀬古は赤字会社だったカロリナから第三者割当増資を受けるという形で明電工―カロリナの業務提携を締結。この直前から、当時一株二百円前後だったカロリナ株は急騰した。

このころM代議士は中瀬古に「カロリナ株三万株を確保してくれ」と依頼。株が七百円前後になった六十一年五月ごろ、「(同年七月の衆院選挙の)資金が必要だから売ってくれ」と指示、その売却益として約千二百万円を中瀬古から受け取っていた。

M代議士は株の購入代金は払っておらず、「カロリナ株の急騰確実」という中瀬古側からの情報を基に売買を指示したとみられる。」

別紙謝罪広告・掲載新聞目録・記事目録(二)ないし(五)〈省略〉

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